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東京高等裁判所 平成9年(行コ)126号 判決

控訴人

渋谷登美子

被控訴人

埼玉県知事土屋義彦

右訴訟代理人弁護士

飯塚肇

右指定代理人

谷津禎彦

外一三名

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  申立て

一  控訴人

1  原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

2  被控訴人が平成七年一月二四日付でした行政情報(埼玉県知事が平成三年九月一七日にした都市計画法に基づく開発許可にかかり、株式会社コリンズカントリークラブが提出した右開発許可申請書に添付したゴルフ場造成の資金計画書)の非公開決定処分を取り消す。

3  被控訴人が平成七年七月二一日付でした行政情報(林地開発行為の許可について(コリンズカントリークラブ)(平成三年九月一七日決裁)のうちの資金計画書)の非公開決定処分を取り消す。

4  被控訴人が平成七年七月二一日付でした行政情報(造成事業申出書(昭和六三年一月一三日地域政策課収受)(コリンズカントリークラブ)の添付書類のうちの別紙記載部分)の非公開決定処分を取り消す。

5  訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

本件控訴を棄却する。

第二  事案の概要及び証拠関係

一  事案の概要は、次のとおり付け加えるほか、原判決の「第二 事案の概要」記載のとおりである(ただし、不服のない本件第一非公開決定処分に関する部分を除く。)から、これをここに引用する。

1  原判決書七頁六行目冒頭から七行目末尾までを「(二) 被控訴人は本件条例の実施機関である(本件第二ないし第四非公開決定処分当時は公文書の公開に関する権限が実施機関から埼玉県総務部公文書センター所長に委任されていたが、平成九年三月三一日の本件条例改正により同年一〇月一日から右権限が実施機関に属することとなった。)。」に改める。

2  同六五頁七行目の「係属」を「継続」に改める。

二  当審における控訴人の主張

本件第二ないし第四非公開決定処分は次のとおり違法である。

1  コリンズカントリークラブが開設するゴルフ場の調整池は、A調整池の設計容量が一八〇〇立方メートル(必要容量三二〇六立方メートル)、B調整池の設計容量が一万六四四〇立方メートル(必要容量二万六七一三立方メートル)、C調整池の設計容量が一万二八四〇立方メートル(必要容量二万九六五三立方メートル)、D調整池の設計容量が二一六〇立方メートル(必要容量二七三一立方メートル)といずれも貯水容量が極端に不足し、大雨時に越流を起こして下流域に大きな被害を及ぼす可能性がある。したがって、被控訴人は、本件条例六条一項二号括弧書き(人の生命、身体又は財産を守るための公開)により本件第二ないし第四非公開決定処分の対象文書(以下「本件各行政情報」という。)を公開しなければならない。

2  ゴルフ場のように社会的ステータスと結びついて発展してきた事業では、その立地条件、設計者、経営者の知名度等により事業着手以前から決定的な競争要素もなく、本件資金計画に概略が記載されている造成工事等のハード面はコリンズカントリークラブの経営戦略上大きな要素になり得ないから、こうした情報が公開されたとしても同社に著しい損害を与えることにはならない。

にもかかわらず、被控訴人は、「埼玉県行政情報公開条例・解釈と運用」(以下「本件解釈と運用」という。)において、法人による事業の許認可に関するものとしては、財産の取得管理に係る情報、施設設備の規模、構造、配置、性能等に係る情報、設立等に関する事業又は営業の計画、資金計画、収支予算等に係る情報、許認可等の基準の適合等に係る情報がそれに該当するものとされていることを機械的に適用して、公開してもコリンズカントリークラブにさしたる不利益がない本件各行政情報について本件第二ないし第四非公開決定処分をした。

3  企業活動が公共の福祉に与える影響を考えると、法人その他の団体に関する情報又は事業を営む個人に関する情報(以下これらの情報を「法人等に関する情報」といい、法人その他の団体及び事業を営む個人を「法人等」という。)の非公開の基準は個人に関する情報と比較してより厳格に考える必要があり、個人に関する情報の非公開決定について本件条例六条一項一号で公益との比較衡量が要求されている以上、法人等に関する情報についても非公開の判断に当たって公益との比較衡量をすべきである。そうでなければ法人等に関する情報を個人に関する情報と比較して有利に扱うもので、憲法上の知る権利を制限し条理法上の公平原則に反する。

4  本件条例六条一項二号を適用して行政情報を非公開にできるのは「公開することにより当該法人等に著しい不利益を与える」ことが客観的かつ具体的に明らかな場合でなければならず、その主張立証責任は被控訴人にあるところ、被控訴人はこの点について何ら主張立証していない。

5  また、コリンズカントリークラブが昭和六三年一月一三日(控訴人の準備書面(第四)中の同月一五日の記載は誤記と解される。)に本件立地承認に関わる資金計画を提出してから既に一〇年が経過しており、現時点において本件各行政情報は無価値な法人情報となっているところ、本件条例六条三項によれば期間の経過により法人の情報を公開しても著しい不利益を与えると認められなくなった場合にはこれを公開する旨定められ、埼玉県行政情報公開実施要綱(以下「実施要綱」という。)一二条二号によると右期間は一〇年とされているから、現時点では本件各行政情報を公開すべきである。

三  被控訴人の答弁

1  本件条例六条一項二号は、客観的資料により当該情報と人の生命、身体又は財産に対する危険又は損害の発生との間に直接的な因果関係が認められる場合に限って当該情報の公開を義務づける規定であるところ、本件各行政情報は法人の財務計画、取引内容等に関する情報であり、人の生命、身体又は財産に対する危険又は損害の発生との間に直接的な因果関係は認められず、控訴人が主張する洪水被害も客観的資料に基づくものではない。

2  本件解釈と運用は公開しないことができる行政情報の代表的なものを例示したにすぎず、被控訴人がこれを機械的に適用したことはない。また、本件資金計画等にはコリンズカントリークラブの資金調達力や経営戦略等、同社の秘密に関する情報が含まれており、これを公開することによりゴルフ場の評価だけでなく同社の企業上の秘密が侵され、同社に著しい損害を与えることになる。

3  法人等に関する情報と個人に関する情報とは、その内容、性質や公開を制限する趣旨目的をまったく異にし、その結果として公開及び非公開の基準を異にしているのであり、控訴人主張の違法はない。

4  控訴人の主張4は争う。

5  本件条例六条三項は、同条一項に規定する行政情報であっても、期間の経過により同項各号のいずれにも該当しなくなったときは公開しなければならないと定め、実施要綱一二条二号は、右期間の標準を本件条例六条一項二号から同項五号までの行政情報については原則として一〇年と定めている。しかし、右規定の趣旨は、過去において非公開とした行政情報であっても、新たに公開請求がされたときは改めて公開するかどうかの判定を行い、期間の経過により本件条例六条一項各号のいずれにも該当しないこととなったときはこれを公開しなければならないとしたもので、過去にされた非公開決定処分の取消(撤回)に関する規定ではない。

四  証拠関係

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

第三  当裁判所の判断

当裁判所も、控訴人の各請求は、いずれも理由がないものと判断する。その理由は、当審における控訴人の主張についての判断を次のとおり付け加えるほか、原判決の「第三 争点に対する判断」記載のとおりである(ただし、不服のない本件第一非公開決定処分について判示した部分を除き、原判決書九〇頁一〇行目の「記載されている」の次に「弁論の全趣旨により推認される。」を加える。)から、これをここに引用する。

一  控訴人の主張1について

控訴人は、コリンズカントリークラブが開設するゴルフ場の調整池が大雨時に越流を起こして下流域に大きな被害を及ぼす可能性がある旨主張する。しかし、本件条例六条一項二号の括弧書きの趣旨は、人の生命、身体又は財産の保護を法人等に対する著しい不利益回避に優越する法益と認め、人の生命、身体又は財産を保護するため必要な場合には、たとえ当該法人等に著しい不利益の発生することが明らかであってもその犠牲において当該法人等に関する行政情報を公開するというものであるから、当該法人等に著しい不利益を甘受せしめる以上、人の生命、身体又は財産に対する危険又は損害の発生は具体的かつ確実なものでなければならず、その発生が客観的な資料に基づいて具体的に明らかにされなければならないというべきであるところ、控訴人の主張によっても右洪水被害発生の可能性があるというにすぎず、本件全証拠によっても右洪水被害の発生することが明らかであると認めることはできない。したがって、控訴人の主張1は採用できない。

二  控訴人の主張2について

控訴人が主張するように、ゴルフ場開発事業においては立地条件、設計者、経営者の知名度等競争を左右する要素も少なくないが、当該企業の経営基盤や企業戦略を判断するための主要な材料となる経理金融関係や役員及び株主等の企業構成に関する資料は、当該企業の秘密に属する基本的な資料であり、これが漏洩することにより当該企業の資金獲得及び運営に支障を来し、あるいはその内情が競争企業の誹謗、攻撃に利用される等して著しい不利益を被ることは当該資料の趣旨、性格に照らして明らかである。

そして、本件各行政情報それぞれについて、公開によりコリンズカントリークラブ又はその株主である法人等に著しい不利益が発生(もしくは役員個人のプライバシーを侵害)することが明らかであることは、前記引用にかかる原判決の判示のとおりである。したがって、本件解釈と運用を機械的に適用した旨の控訴人の批判は当たらない。

三  控訴人の主張3について

本件条例は、被控訴人が管理する行政情報を原則公開するとしつつ、個人のプライバシーの保護又は法人等の営業の自由の保護及び企業活動への不当な侵害防止等の観点から例外的にこれを公開しないことができるものとした上、右公開制限の趣旨目的の相違及び行政情報の内容、性質の相違に着眼して、個人に関する情報と法人等に関する情報のそれぞれについて右相違点を踏まえた公開及び非公開の基準を定めているのであり、これをもって法人等に関する情報を個人に関する情報と比較して有利に扱うものとはいえないし、法人等に関する情報の非公開を決定するについて公益との比較衡量をする必要がないことは、前記引用にかかる原判決の判示のとおりであるから、控訴人の主張3は失当である。

四  控訴人の主張4について

本件第二ないし第四非公開決定処分について、被控訴人に本件条例六条一項二号該当性(公開することにより当該法人等に著しい不利益を与えることが明らかであること)の主張立証責任があることは、控訴人の主張するとおりである。

しかし、右主張立証は当該行政情報を公開することにより当該法人等に著しい不利益を与えることが社会通念上明らかであると観念できる程度に行えば足り、因果の流れを逐一主張立証しなければならないものではない。すなわち、当該非公開とされる情報それだけから当該法人等に著しい不利益を与えることが看取できないような場合には、その公開により当該法人等に著しい不利益を与えることを他の資料をもって具体的に明らかにする必要はあるが、当該非公開とされた情報が記されている資料の趣旨、目的、記載内容等から当該情報の有する情報価値及び重要性が明らかであって、これを公開することにより当該法人等に著しい不利益を与えることが社会通念上明らかであると観念できる場合には、それ以上に個々具体的な因果の流れについてまで立証を要するものではない。そして、本件各行政情報それぞれについて、これを公開することによりコリンズカントリークラブに著しい不利益が発生することが明らかであることは、前記引用にかかる原判決の判示のとおりであるから、控訴人の主張4は失当である。

五  控訴人の主張5について

本件条例六条三項は、公開しないことができる情報であっても、期間の経過により同条一項が定める公開しない事由のいずれにも該当しなくなったときは、公開しなければならない旨規定しているところ、控訴人は、実施要綱一二条二号に定める期間の経過により本件第二ないし第四非公開決定処分が現時点では違法となった旨主張する。

しかし、公権力の行使としてなされる行政処分がその後の事情により違法とされることは当該行政手続を不安定にするばかりか違法とされた当該行政処分の是正の可否及び方法その他について深刻な問題も生じるので、そのようなことは行政手続上予定されていないのが通例である。また、行政情報の非公開決定が長期間不確定のまま経過することは通常あり得ないから、本件条例六条三項をそのような場合についての規定と読むことは解釈上無理がある。むしろ、同項は、かつては公開しない事由に該当した行政情報がその後の期間の経過によりこれに該当しなくなったときは、その時点では公開しない事由がないことから、新たにされた公開請求に応じて右行政情報を公開すべき旨を明らかにした規定であり、同一の行政情報について同一人又は他の者からされる爾後の公開請求を念頭に置いた規定であると見るのが合理的である。そうすると、本件条例六条三項は、同項が定める要件の充足をもって従前適法にされた非公開決定処分が違法になる旨を定めたものではないから、仮に現時点で本件各行政情報について公開しない事由が存しないとしても、そのことにより本件第二ないし第四非公開決定処分が違法となるものではない。このように解しても、埼玉県民は、非公開決定を受けた行政情報が期間の経過により公開しない事由に該当しなくなったときはその時点で改めて公開請求することにより当該行政情報の開示を受けることが可能であるから、行政情報公開請求権が不当に損なわれることはない。したがって、控訴人の主張5は採用できない。

よって、本件控訴は理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六七条一項本文、六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官新村正人 裁判官岡久幸治 裁判官宮岡章)

別紙〈省略〉

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